稀少な体験?


2011年8月9日

世間に、「知る人ぞ知る」という言葉がありますが、
別の言い方をすると、「知らない人は知らない」と
いうことになります。私は「知らない」方の人間でした。
そうでなくても、私はとても狭い範囲で生きていました。
土や植物、限られた人たちとの接触、だけです。
「国の・・・」と言われても、イメージもわかず、遠い世界のようでした。
何だか分からないけれど、とにかくベストを尽くさなければ・・・と
悲壮な気持ちで資料を作っていました。前の晩はよく眠れませんでした。
当日、D工業関連施設内に作られた実験圃場を見に来られた
K先生は、とても背が高い先生で、「メガネの奥に真理がある」と
いう感じの方でした。
圃場や植物について、いくつかの質問をされて
それに対し、K専務や私が答えていました。
そしていよいよ室内でプレゼンをすることになりました。
カラフル画面で、画像も多く、その画像も動かしたり、重ねたりしながら
私流紙芝居風のパワーポイントで説明しました。
当時の資料を見ると、自分がいかに無理をして背伸びをしているのかが
よく分かります。あれもこれも詰め込んだ内容を一生懸命
説明しました。先生は静かに聞いて下さいました。
微生物の呼吸作用で中性化を促進するという、基本的な内容以外に、
先生が関心を持たれたように見えた部分がありました。
それは「アプロプリエイトテクノロジー(appropriate technology)」
という言葉を使ったときでした。それは当時、私が覚えた言葉で、
先端技術ではないけれど「(その場に)ふさわしい技術」のように解釈していました。
それと、土壌の改良具合を花の生育状況で比較して、実験結果を花畑で見せることの
意義を、「女性や子供に理解されたことは、きっと世間に受け入れられる」
と言ったときでした。そして説明を終えました。
一世一代?の役割終了後ホッとして、ちょっと達成感も感じていました。
本当は、ここからが大事なところでした。
H社長が「どうでしょうか?」と先生に尋ねました。
この部分こそが、権威ある先生の答えこそが、その日の本当の目的でした。
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そして先生は私に「あなたが学会で発表しなさい」と言われ、
私は「学会」で発表することになってしまいました。


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