雑草魂(No.4)


2017年12月19日

Sです。

毎朝4時20分からNHKで放送している「視点」という番組で、先日、静岡大大学院の稲垣教授が、「雑草と日本文化」というテーマで解説していました。造園屋という仕事柄、雑草処理には苦労させられているのでついつい見てしまい、なかなか興味深い内容だったので紹介します。

【日本には雑草魂という言葉があります。無名の努力家や苦労人たちは「雑草のような人だ」と評されます。本来邪魔者のはずの雑草が、面白いことに日本では良いイメージがあります!例えば「あなたは、雑草のような人ですね」と言われると、どこか褒められたような気がする。これが「あなたは、温室育ちの人ですね」と言われることと比べるとどうでしょう?
温室育ちの作物は、とても良い環境で大切に育てられたエリートの植物です。でも日本人はエリートであるより、雑草であることを好む傾向にあるようです。
日本は高温多湿なため、世界に比べても作物はよく育ち、森の木々もよく成長する。その代わり雑草も生い茂ってしまう!さらに日本は自然が豊かで、その豊かな自然が人間にとって大きな脅威にもなります。
但し、雑草は単なる邪魔者ではなく、昔の人たちは雑草を刈っては、田畑の肥料にしていました。
物事には良い部分と悪い部分がある。それが日本の自然観と言えます。一方欧米の人たちは、善悪を明確にする傾向にあり、逆に日本人はあいまいであると言われる。このように日本人のあいまいさは、日本の自然の豊かさに関係しているかもしれません。
特に自然は大きな力を持っているため、この自然に逆らい征服することは簡単にはできません。そこで日本ではこの強い力に逆らわず、受け流し、それを利用するという考え方が、自然と向き合う中で日本人が培ってきました。
例えば柔道や相撲などでも「相手の力を利用する」という戦い方を好みます。このように相手の力を利用するというのは雑草の戦略と同じです。日本人の強さは、雑草の強さに似ているようにも思います。
では雑草の強さとは何でしょうか。実は雑草は競争に弱い植物です。そのためたくさんの植物が競争を繰り広げている深い森の中などには生えることができません。その代わり、雑草は競争の起こりにくい場所に生える。それがよく踏まれる道ばただったりします。そのような場所では、競争とは別の強さが必要となります。それは「逆境を力にする」「変化に対応する」という2つの強さです。
つまり雑草は、「大きな力に逆らわず、しなやかに受け流す。そしてその逆境を力に変える!」という戦略をもっています。
歴史を振り返れば、日本人も、大きな災害や時代の波を乗り越えてきました。変えられないものは受け入れる。しかし決してあきらめることなく、自ら変化することでそれを乗り越えてきました。変化を乗り越える雑草の強さは、まさに日本人の姿を連想させます。
「雑草魂」という言葉を聞くと、踏まれても、踏まれても立ち上がる姿を思い浮かべます。しかしこれは誤りで、雑草は何度も踏まれると立ち上がってくるこはないのです。雑草にとって大切なことは、花を咲かせて種子を残すことです。ということは踏まれても立ち上がるという無駄なエネルギーを使うより、踏まれながら花を咲かせる方が良いし、踏まれながら種子を残す方が合理的となります。そのため雑草は踏まれたら立ち上がりません。しかし、踏まれても、踏まれても花を咲かせ、種子を残すのです。つまり大切なことがブレないからこそ、雑草は自在にその形や伸び方を変化させることができます。大切なことを見失なわない生き方。それが本当の雑草魂です。
私たち日本人にとって「変えてはいけない大切なもの」とは何でしょうか?

雑草の生き方をながめていると、日本人の真価が問われているような気がしてなりません。】


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