謹賀新年(No.6)
2018年1月14日
Sです。
旧年中は何かとお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い致します。
年明け早々より高槻集合住宅の植栽工事(一期)が始まりました。現場はキリシタン大名で有名な高山右近の城跡がある閑静な住宅街の一角で、既設の集合住宅の隣に新設で建設されたもので、植物がお好きというオーナーさんのご要望に合わせ、日当たりにも配慮した豊富な植物を使ったデザインにもとづきガーデンづくりを行いました。特に植栽のない箇所には防草シートを敷設し、その上からジャミ(細かい化粧用の石)を敷きならし、植栽の根元にはバークでマルチング(乾燥防止や雑草対策)を行うなどメンテナンスを意識した見た目にメリハリのあるガーデンをめざしました。
<初日>資材(大量のジャミやバーク)や道具類搬入。真砂土の入った花壇等を植栽できる状態に整地作業を行ないながら、8トントラックで搬入された植木を受入れる。
早速エントランスと裏庭にベニバナトキワマンサクを植付け、支柱と竹で生垣づくりを進めました。またエントランス入り口から裏庭に向けて真っすぐ奥の目立つ箇所にシマトネリコを植えこむ。
<2日目>
資材(ジャミやバーク)の搬入。エントランス部分にモミジやアオダモの植込み、その周囲にシャリンバイとタマリュウを植栽。また既設集合住宅に隣接した花壇にはシャリンバイを植込む。
<3日目>
裏庭の植栽のない箇所を整地してから防草シートを敷設していく。並行して裏庭のシェードガーデンに低木や地被類植物を植え込んでいく。
※shade gardenとは、日当たりが良くないところに、日陰が好きな植物や日陰にも耐えられる(耐陰性のある)植物や地被類を植えた花壇
<4日目>
3日目に引き続き裏庭の植栽を行い、ところどころにカット枕木を埋め込みデザインに変化をつけ、敷設し終わった防草シートをジャミで覆い、地被類を植え終わった箇所からバークを入れていく。
(二期)工事の真砂土が入った駐車スペースの花壇にシャリンバイを植込み、一期全てと二期一部の植栽工事を仕上げることができた。
最後に植え終わった植栽にたっぷり水をまき、現場周辺の掃除を行い工事完了!
今回の植栽工事は、集合住宅一部の箇所にフェンスが設置されるということで、年末に防草シートとジャミを入れる作業に入るなど、年末から正月にかけて、元請けとの工事スケジュール調整が大変で、現場責任者のK専務の苦労もなかなかのものでした。
特に資材の手配、そして植木類の搬入なども変更もあって、年明けの工事初日から緊張のスタートでした。また堺から高槻への毎日6時出発するなど長丁場の一日でもあり寒波襲来による寒さも半端なく、毎日カイロをいくつか身につけてから作業するのが日課でした。
K専務はじめスタッフのUくん、Yさん、Tさん、本当にお疲れ様でした。
そして次回もよろしくお願いいたします。
年の瀬(No.5)
2017年12月28日
Sです。
毎年暮れになるとお客さんのところに門松を配達しています。
慌ただしい年の瀬ですが、門松を車にのせて運ぶときは、新年を迎える華やかで少しわくわくした気分になれます。♪♪
出荷前の門松(卸市場)
門松はご存知のように、竹や松で作られた正月飾りで、家の門の前などに立てます。歳神様(毎年お正月に各家にやってくる豊作や幸せをもたらす神様)が迷うことなく家にいらっしゃるよう目印になるのが門松と考えられています。更に付け加えれば樹木には神様が宿ると考えられており、中でも松は「祀る(まつる)」につながる樹木であることから、おめでたい樹木として正月の門松に使われるようになったそうです。
門松の歴史も古く、平安時代後期の文献に初めて登場しており、その文献では、当時は松だけを飾っていたようです。室町時代になってから、長寿を象徴する竹も一緒に飾られるようになったと言われています。このように門松は日本の歴史に根付いた由緒ある風習とも言えます。
お客様に納品した門松
今年1年(株)エコ・ワークスのHPをご覧いただいた皆様 誠にありがとうございました。
スタートしたばかりのスタッフブログですが、こちらもこれからご覧いただけたら幸いです。
本年最後のスタッフブログの題材が、おめでたい「門松」ということで、来年も皆様にとりまして「おめでたい年!」となりますように祈念いたしております。どうか来年もよろしくお願いもうしあげます。
雑草魂(No.4)
2017年12月19日
Sです。
毎朝4時20分からNHKで放送している「視点」という番組で、先日、静岡大大学院の稲垣教授が、「雑草と日本文化」というテーマで解説していました。造園屋という仕事柄、雑草処理には苦労させられているのでついつい見てしまい、なかなか興味深い内容だったので紹介します。
【日本には雑草魂という言葉があります。無名の努力家や苦労人たちは「雑草のような人だ」と評されます。本来邪魔者のはずの雑草が、面白いことに日本では良いイメージがあります!例えば「あなたは、雑草のような人ですね」と言われると、どこか褒められたような気がする。これが「あなたは、温室育ちの人ですね」と言われることと比べるとどうでしょう?
温室育ちの作物は、とても良い環境で大切に育てられたエリートの植物です。でも日本人はエリートであるより、雑草であることを好む傾向にあるようです。
日本は高温多湿なため、世界に比べても作物はよく育ち、森の木々もよく成長する。その代わり雑草も生い茂ってしまう!さらに日本は自然が豊かで、その豊かな自然が人間にとって大きな脅威にもなります。
但し、雑草は単なる邪魔者ではなく、昔の人たちは雑草を刈っては、田畑の肥料にしていました。
物事には良い部分と悪い部分がある。それが日本の自然観と言えます。一方欧米の人たちは、善悪を明確にする傾向にあり、逆に日本人はあいまいであると言われる。このように日本人のあいまいさは、日本の自然の豊かさに関係しているかもしれません。
特に自然は大きな力を持っているため、この自然に逆らい征服することは簡単にはできません。そこで日本ではこの強い力に逆らわず、受け流し、それを利用するという考え方が、自然と向き合う中で日本人が培ってきました。
例えば柔道や相撲などでも「相手の力を利用する」という戦い方を好みます。このように相手の力を利用するというのは雑草の戦略と同じです。日本人の強さは、雑草の強さに似ているようにも思います。
では雑草の強さとは何でしょうか。実は雑草は競争に弱い植物です。そのためたくさんの植物が競争を繰り広げている深い森の中などには生えることができません。その代わり、雑草は競争の起こりにくい場所に生える。それがよく踏まれる道ばただったりします。そのような場所では、競争とは別の強さが必要となります。それは「逆境を力にする」「変化に対応する」という2つの強さです。
つまり雑草は、「大きな力に逆らわず、しなやかに受け流す。そしてその逆境を力に変える!」という戦略をもっています。
歴史を振り返れば、日本人も、大きな災害や時代の波を乗り越えてきました。変えられないものは受け入れる。しかし決してあきらめることなく、自ら変化することでそれを乗り越えてきました。変化を乗り越える雑草の強さは、まさに日本人の姿を連想させます。
「雑草魂」という言葉を聞くと、踏まれても、踏まれても立ち上がる姿を思い浮かべます。しかしこれは誤りで、雑草は何度も踏まれると立ち上がってくるこはないのです。雑草にとって大切なことは、花を咲かせて種子を残すことです。ということは踏まれても立ち上がるという無駄なエネルギーを使うより、踏まれながら花を咲かせる方が良いし、踏まれながら種子を残す方が合理的となります。そのため雑草は踏まれたら立ち上がりません。しかし、踏まれても、踏まれても花を咲かせ、種子を残すのです。つまり大切なことがブレないからこそ、雑草は自在にその形や伸び方を変化させることができます。大切なことを見失なわない生き方。それが本当の雑草魂です。
私たち日本人にとって「変えてはいけない大切なもの」とは何でしょうか?
雑草の生き方をながめていると、日本人の真価が問われているような気がしてなりません。】























