夢見月の後 2008年4月3日
2008年4月3日
新年度になりました。
夢の反対が現実なら、夢を見た分、現実としっかり向き合わなければなりません。
季節柄か、自分の失敗さえも笑いのネタにする、根っからの大阪人の私に
笑えない?春鬱状態が続いていました。
そんな中で、昔父から言われた言葉を思い出していました。
「トップに立つ人間は、情に流されず、忍耐強く、孤独に耐えられなければならない。
だからお前には無理だ。」
内向きになると、心の中の自分同士の会話は、堂々巡りで苦しいものです。
ようやくあわただしい日常に目を向けて、鬱圏からの脱出です。
心が癒されるきっかけは、やはり私の場合は土や植物でした。
以前、改良土の実験で作った花畑の管理をしているときに、
来られた方にハサミを渡して、花摘みをしてもらう企画がありました。
ある日、高齢の女性が来られ、少女のように嬉々として
切花を楽しまれました。いっしょにいた家族の方が
「普段痴呆でボーっとしているのに。信じられない。
ましてハサミを持たせるなんて考えられない。」と言われました。
園芸療法という分野もありますが、医学的な根拠はともかく、
植物には人の心を鎮める効果があるような気がします。
その花畑の管理以来16年間いっしょに仕事をしたT部長も
先月末で定年退職されました。
しばらく若い頃から計画されていた、信州で晴耕雨読の生活を楽しまれるようです。
諸々の春です。
二つ良いことさて無いものよ。 2008年2月18日
2008年2月18日
標題の言葉は、亡くなられた元文化庁長官の
河合隼雄氏が好んで使っておられたという言葉です。
物事が思い通りに運ばないときに、おまじないのように
唱えるのだそうです。
私も真似をして心の中で繰り返します。
世の中二つ良いことは無いけれど、きっと二つ悪いことも無いと。
明日は10年以上関わってきた微生物を含む土壌の
搬入です。見た目はイマイチですが、植物の生育に
頼もしい働きをする土です。
こんな仕事をしていると何の違和感も無く
「土は生きている」と言えます。
普通の人が、そのように思わないのが
不思議なくらいです。
証明するのは簡単です。
ビニル袋にスコップで土(有機質を含む)を入れて、口を閉じるのです。
ものの数分で袋の中が白く曇っていきます。
土が息をしているからです。
正確に言うと、土の中の微生物が呼吸をしているのです。
その土から育まれた植物も土の中では根で呼吸をします。
みんな生きているのです。
長く関わった分、ちょっと特別な気持ちになる
明日の現場作業です。
眠れない夜に見る夢は。
2008年1月30日
私の父は亡くなる2週間前に私にこう言いました。
「お前は、いつでもつかんでいるものを放すことができる。
そのことを忘れるな。」
父が亡くなった後、それまでの状況が一変しました。
私や弟のS部長は途方に暮れる日が続きました。
それでも、(いつでも放すことができるのなら、
もう少しがんばってみよう)という気持ちがこの5年間を支えてくれました。
すべてを放すことは無かったにせよ、欲、無意味な意地、
必要以上の自尊心、そして時に夢、の一部を手放すことで、
いつも壷の中から手が抜けないような状況から脱け出せました。
失ったもの以上のさまざまな出会いや、機会に感謝しながら、
また新しい経験に挑戦したいところです。
明日もまたどんな一日になるのでしょうか。








