つるべ落としの秋に・・・
2011年10月5日
いつの間にか、すっかり季節は巡りました。
ここ数日は、平年気温以下なので余計変化を感じます。
この1ヶ月あまり、さまざまなことがありましたが、
ある方の言葉がずっと心に残っています。
それは、うちのお客さまのAさんから伺ったお話です。
Aさんは、多くの犠牲者を出した航空機事故でご主人を亡くされ、
以来、お子さんたちをお一人で育て上げられました。
そんな中でご自身も病にかかり、手術を繰り返しながら、
お仕事をされています。先日、(いよいよだめか・・・)と
身辺整理をして臨んだほどの大手術をしたと穏やかに言われました。
その元気なご様子に、全く気付かず立ち話をしていた私は
思わず、「大丈夫ですか?」と尋ねました。すると、
Aさんは手を振って大丈夫だと言い、私の目をまっすぐ見ながら
「あのね。人間はね。死ぬ『とき』に死ぬんよ。
どれだけ大きな事故にあっても、どれほど、重い病気にかかっても。
『そのとき』でなければ私のように、また復活できる。でもね
どんなに元気でも『そのとき』が来れば死んでしまう。
だから、きっと大丈夫。何が起こっても。落ち込んで過ごすのも、
笑って元気に過ごすのも。一日は一日。どうせなら、
明るく元気に過ごせば良い。いずれそのときが来るのだから」
と言われました。
『達観』というのでしょうか。Aさんの諸々置かれている状況を聞いた
上での先の言葉と。実際のご様子に、私は少々圧倒されました。
その言葉はそれ以来、ずっと私の心に沈んでいて、ときどきぷかりと
浮かび上がってくるという感じです。
残念ながら、落ち込みも、喜びも激しい、心の比熱?の低い私が、
その境地に至るのはまだまだでしょうが、それでも、そんな気持ちで、
日々に臨んでみたい『秋』の今日この頃です。
治山治水
2011年9月5日
のろのろ台風のつけた爪跡は意外に大きいものでした。
私の住んでいるところから、車で移動すると、数時間あまりの距離に
局地的に降った雨の被害の大きさは、想像を越えました。
数年前に、熊野古道を散策したときに、緑の壁と清流とに
挟まれた、趣のある民家の景色は、今でも目にやきついています。
あのときの空気の香りや静けさまでもすぐに思い出せます。
あの清流が濁流になり、道路が寸断されているのかと思うと、
映像を見ても信じがたい気持ちです。
日本は昔から天災の多い国でした。そのせいで、治山治水の技術も
発達してきました。私が以前ぴんとこなかった「土の挙動」にしても
地盤工学に出てくるいろんな難しい数式も、地すべりや堤防の決壊や、
防災のための重要な数値だったのだと思います。
自然は人間の想像を超える災害をもたらしますが、また人間も
きっとそれを迎え撃つ叡智を蓄える(特に私たち日本人は)と
信じたいです。今は被災された方々が一日も早く通常の
生活に戻られることを心から願っています。








